わが国の米価は、戦後も長い間、国際価格を下回る価格水準であった。
そして、国内の需要に追いつかず、戦後20年間は海外からコメを輸入していたのである。
足りるようになったのは昭和40年代の初期からである。
一方、昭和30年代の高度経済成長の進展のなかで、アメリカから飼料穀物を中心に関税ゼロで大量の穀物を輸入すべく自由化をすすめたのである。
工業製品輸出の見返りでもあったし、農業国アメリカからの強い要求でもあったと考えられる。
この結果、3000万トンに近い大豆や小麦、こうりゃんやとうもろこしが低価格で入ってくることになり、まさにわが国の水田農業から大豆や麦が消えたのである。
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